御影屋

高須光聖がキク「高須光聖×加地倫三」 第3話

『ロンドンハーツ』や『アメトーク!』などのヒットで、テレビ朝日のバラエティに新風を吹き込んだ加地倫三さん。「やるキッス」や「ブラックメール」など、数々のひりつく企画はいかにして生まれ得たのか?そしてテレビ業界、バラエティ全体が元気を取り戻すべく、加地さんが抱いていた強い思いとは……?ナインティナインさんとの絆や、芸人とディレクターと作家のプロ意識にもグッとくるものがある対談でした。
取材・文/サガコ

インタビュー

第2話

2005.09

「伝説の面接」 

☆タレントは諦めて

高須

タレントになりたかったのに、ちゃんと大学に行って、
新卒でテレビ朝日に入社したんでしょう?

加地

そうですね。こう見えて、堅実派ですから、俺(笑)。

高須

オーディションがそんなに上位まで行ったんだったら、
簡単には諦められなかったんじゃないの?

加地

いや…それがそうでもなくて。
当時付き合ってた彼女に
「男は女を食わせるくらいじゃないとダメよ」って言われて、
「そうか、そうだな。よし、大学行って就職だ!」と。

高須

……なんか前にもそんな話聞いた…聞いた。
テレビ朝日の人間から……あっ! 武内や(笑)。
(テレ朝アナウンサー・武内アナの回を参照)。

加地

(笑)。
それで受験勉強頑張って、大学入ったんですよ。

高須

大学ではサークルとか何やってたの?

加地

バンドブームだったんで、バンドサークルに入って、ドラムを少々。

高須

絶対そういう流れに乗っかるタイプやねんな?(笑)

加地

はい、漫才も音楽も、全部ブームには乗っておくタイプです!

☆面接大作戦

加地

大学三年になって、そろそろ就職活動だっていう時に、
また「テレビの世界に入りたいな」って思ったんですよ。
だけど、当時の俺は
「テレビ局はコネがないと入れない」という認識があって。

高須

あー、俺もそう思ってた。
なんかものすごくエライ人のコネクションがないと入社できない、と。

加地

で、その当時はテレビの業界のことなんて詳しく知らないですから、
テレビ番組はテレビ局の人間だけが作ってると思ってたわけです。
プロダクションの存在とかまったく知らなかったんですね。
だからそういうところの採用試験を受けるとかまったく頭になくて。
そしたら、友だちから
「いや、テレビ局も入社試験やってるから受けてみようよ!」って言われまして。

高須

手当たり次第に受けた?

加地

ええ、主要な局全部(笑)。

高須

最初からテレ朝一本じゃなかったんだ。

加地

だって俺、フジテレビに入りたかったんですもん。
バラエティといえばフジテレビって思ってましたからね。

高須

あー、やっぱりそうやんなー。
笑いつくるんならフジテレビって思うのは、素人なら当たり前やな。

加地

まー、あっさりとフジは落ちてしまったんですけどね。
日テレもダメでTBSも落ちて…そんな中でテレ朝だけは
なんか相性がよかったんですよね。なんとなく。

高須

各社で試験の内容って、相当違うの?

加地

どこも面接が主ですけど、具体的な中身はまるっきり
違いましたからね。面接官との相性もあったと思います。

高須

でもさ、バラエティ作りたいっていってたのに、
なんで最初の4年間、スポーツ局にいたの?

加地

それが面接のときに「スポーツがやりたいです!」って
すごく押したからなんですよね。
これって合格するための作戦だったんです。
バラエティをやりたいっていうと
「じゃあ、どんな企画やりたい?」って聞かれますよね?
その時、面接官の個人的な好みで企画に対する好き嫌いを判断されたら
イヤだなって思って。
スポーツだったら、おもしろい・おもしろくないっていう
個人の判断はそれほど介入しないじゃないですか。
で、スポーツにはめちゃめちゃ詳しかったんで、合格を優先するために
そういう手段に出たんです。

高須

なるほどね! くーっ、策士やな(笑)。

加地

だけど…僕、面接のときに「フジテレビに入りたいです」って
モロに言っちゃったんですよねぇ(笑)。

高須

え、テレ朝の面接で。

加地

ええ、うっかりと。

高須

よくそんなことで受かったな……。

加地

その後、めちゃめちゃ必死で否定しましたけどね。
俺のそのときの姿がおもしろくうつったのかもしれません(笑)。
その時の面接官の人に感謝しないと、ですね。

高須

入社してからその人に挨拶した?

加地

直接言いにいったりはしませんでしたけど、入ってしばらくしてから
局の廊下ですれ違う機会があったので、お礼言いました。
向こうはまったく覚えてなかったですけど。

高須

加地くんが試験を受けた当時って、
やっぱりフジテレビが全盛の頃でしょう。フジに入りたいってのは、
それはもう誰もが思ってることだったろうし、それを口に出したことが
一番衝撃的な「策」だったんじゃないの?

加地

かもしれないですね、無意識でしたけど(笑)。

☆フジテレビ、というブランド

高須

今でもさ、チャンスがあったらフジテレビで仕事したいとか思う?
それとも、自分の局に骨をうずめる気になってる?
ま、社員なので話せる範囲でいいんだけど。

加地

フジテレビで仕事してみたいなっていうのは、
以前はものすごく強かったです。
やるならレベルの高いところでやってみたいって感じでしたね!
テレ朝と違って、さんまさんとか大きな芸人さんがたくさん番組やってるし、
コント番組もやっぱりフジが図抜けてますから。
それに僕の師匠である北村ディレクター
(北村要・『QQ9』『ナイナイナ』演出)が、
フリーとしてフジで番組作ってた人なんですよ。
例えば『殿様のフェロモン』とか。

高須

ああ、そっか。だから、フジのノウハウとか雰囲気は、
ある程度北村さんから教わってたりするのか。

加地

はい、かなり影響されてると思います。
そういう意味では純粋にテレビ朝日だけの
空気を吸って育ったわけではないと思ってるんです。
今、テレビ朝日は調子がよくて、みんなが頑張った結果が出てきてる時期です。
いいバラエティがたくさんできていて、フジに負けているとは思わないので、
もう昔のような憧れはありません。ただ、単純にディレクターとして
「他はどんな感じの作り方してるのかな?」っていう興味はあります。
そういう意味では現場を覗いたりしてみたいですね。

高須

なるほどね。確かにテレ朝は育ってきてるからなぁ、ここんとこ。
昔ほどバラエティといえばフジっていうイメージは
なくなってきた気がするね。

加地

それにテレビ朝日は、雨上がり決死隊の宮迫さんの言葉を借りると
「とてもアグレッシブ」で、風通しがいい環境なんだそうです。
僕としても仕事がしやすいなぁと感じてますから、
今はテレビ朝日に骨をうずめるつもりですよ。
……ま、ぶっちゃけ住宅ローンもありますから、はい(笑)。

高須

ちなみにフジテレビの番組で「すごいな」と思った
バラエティ番組はなんだった?
「俺、入るならフジテレビだ」って思わせられるような
すごい番組があったの?

加地

すごい番組だらけですよ! あげたらキリがないですね。
『THEMANZAI』『ひょうきん族』『みなさんのおかげです』
『夢で逢えたら』『ウンナンのやるやら』『殿様のフェロモン』
『オールナイトフジ』『夕やけニャンニャン』『学校では教えてくれないこと』
『カノッサの屈辱』『B-21の ONE OREIGHT』……。

高須

最後のほう、なかなかマニアックな!(笑)

加地

よく見てたんですよ、本当に。
テレビ朝日の深夜番組も、高校時代はほとんど毎日のように見てたんですよね。

高須

真性テレビっ子だったんだなぁ(笑)。テレ朝だと、どんな番組見てた?

加地

とんねるずさんの『トライアングル・ブルー』とか、
ちょっとH系の『グッドモーニング』とか。
今思えば深夜番組はこの当時から、かなり「アグレッシブ」でしたね…(笑)。

高須

自分はどう? アグレッシブなバラエティを作れてる自負はある?

加地

うーん、自分じゃ判断しづらいことですけど、すごく意識はして作ってる
つもりです。
自分がやってる番組を見て「テレビ朝日に入りたいっ」て思ってくれる
学生がいてくれたら嬉しいですね。もちろん他局でもいいんですけど、
とにかくいい番組を作って、「俺もおもしろいもん作りたい!」って思わせる
ことが僕らの使命。そうじゃないとバラエティの火が消えてしまいますしね。
バラエティを担う人間がいなくなってしまうことが1番哀しいことですから。
そこらへんは常に意識して番組を作っているつもりです。

高須

おお~。意外にちゃんと考えてるんだ……。

加地

意外にって!(笑)

高須

ごめんごめん(笑)。

第3話へつづく

ディレクター

加地倫三 さん

1969年生まれ46歳
ロンドンハーツ・アメトーークの演出兼ゼネラルプロデューサー
他に三村&有吉特番、キリトルTVなどの特番も担当。

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