御影屋

高須光聖がキク「高須光聖×鮫肌文殊」 第3話

作家デビュー以前の中島らもさんとの出会いから「電波少年」に至るまで。パンクバンドの大酒飲みは、いかにして放送作家になったのか? そして当時のテレビ、特にバラエティ番組が抱え始めていた数々のジレンマについて、深く、鋭く切り込んでいきます。狂いの先に見えるおもしろいを貫くことが、かっこよくも難しくなっていった時代の、とてもリアルなお話です。

インタビュー

第2話

2000.10

たった一つのきっかけを掴む

高須

鮫ちゃんは、じゃあ、その「何となく生きてた」という状況から
どうやって抜け出したの?

鮫肌

二十五の時に「あの鮫肌が、夏場はコンビニで涼んでるらしい」
という噂が、一部に流れたんですよ(笑)。
ホントに貯金もなくなってきて、通帳の残りがついに1万円切ってもて、
ビビリが入るわ、でも酒は増えるわで、もうめっためたの状況。
その噂は、友達の吉村が(フリーライター・放送作家の吉村智樹さん)
仕事場で言い回ってたらしいんですけど、それをキッチュさんが聞きつけて、
心配してくれて、たまたま料金を払ってる時期で繋がってた電話に
運良くかかってきたんですよ。
当時キッチュさんはもう東京に進出してはってブレイクなさってたんですけど、
とても友達思いの方でずたぼろになってるっていう俺をすごく心配してくれはって、
「このままだったら、お前やばいから、
 東京に来て、うちの事務所入って作家やれへんか?」と。
「大丈夫、3日で食える!」と言われたもんやから、
「じゃ、行きます」と、即答したんですよ。
だって、捨てるもんも何もなかったから、何がどうと考えることも無かったし。

高須

とりあえず行っとけ、と(笑)。
でも、捨てるもん無い……とは言うものの、奥さんはどうしたの?

鮫肌

「東京行くから」と話をしたんですよ。
そしたら「じゃ、ついでに結婚しましょう」と言われて。

高須

えらいもんが「ついで」やなぁ(笑)。

鮫肌

でしょ? おかしな話でしょ?女はコワイ(笑)。
俺は一人で行くつもりやってんけど、まぁ、そう言うならええかー、
何かあったら嫁はんに食わしてもらおー、と思って結婚して。
実際、東京に出てからの最初の一年間はホントに食わしてもろてましたね…
収入安定してなかったから

高須

2人とも偉いなぁ…ン。

鮫肌

で、東中野に小さいアパート借りて、住み始めたんです。

高須

いいねー、そこから始まるわけやねー。

鮫肌

確かに大阪では「鮫肌文殊」と言えば、ある程度通る名前でしたけど、
言うても、それはローカルの話じゃないですか。
しかも、テレビは「なげやり」以来やってないも同然でしたし。
ところが、いざ東京来てみたらキッチュさんが良くも悪くも
ものっすごい「吹いて」たんですよ。
「鳴り物入りの、天才作家が遂に東京へ!」と。(苦笑)

高須

おー、ええやん。(笑)

鮫肌

ええことないですよ〜。
蓋を開けてみたら、すぐに右も左も分からん田舎者ってばれるんですからー。
確かに言われてたとおり、東京来て3日目にはイースト(番組制作会社)
に連れて行かれたんですけどもね、もー不安で不安で。

高須

それってすごいね、いきなりイースト。

鮫肌

事務所のマネージャーに言われるままについていったらそこがイーストで、
何も俺は聴かされていないのに、マネージャーが担当者へ一言。
「これがうちに新しく入った鮫肌です。じゃ、よろしく」って、
そのまま置き去りですわ(笑)。
何の説明もなくですよ!
相手さんも相手さんで「待ってましたよ、鮫肌くん」と言うが早いか、
「じゃ、これ。海の家に百件電話してね」と
電話番号の並んでる資料をばさーっ、と渡されて。
今でも忘れんわー、つまりリサーチャーやったんですよ。

高須

なるほどなぁ〜。お決まりのパターンかぁ。
それって悩まなかった? 「俺、こんなんでええのかなぁ」って。

鮫肌

悩みましたよー。
いきなりクイズ番組のリサーチャーって言われても、経験も知識もないわけですし。
でも幸いなことに、入って一週間後にはキッチュさんの
文化放送のラジオ番組が始まって、
その現場でネタ書いたりさせてもらってたんですよ。
ラジオのネタ作りって、作りハガキを書いたらまんまオンエアにのって
読まれるじゃないですか。そしたら、充足感があるんですよ。
俺、なんとかやってるなー、という。
で、そのうちミニコーナーの構成とか関わらせてもらえるようになって、
それがリサーチのガス抜きみたいな感じになってましたね。

高須

そっちが無かったら、やってる仕事への疑問だらけで潰れてた可能性あるよなぁ。

鮫肌

いや、潰れてたと思いますよ。言うても信じてもらわれへんかもしれませんけど、
そのすぐ後ぐらいに、ニュース番組やってたりしたんですよ(笑)。

高須

ええっ!? ニュースっ!? 何て番組?

鮫肌

『ニュースフロンティア』っていう、古館さんの番組で、
この俺がっ、世界情勢のリサーチとかやってたんですよ(笑)。
当然、全く興味なし、知識なしなもんだから、
毎日その現場では精神的にボコボコになりました。
だから、今でも怒られてるADとか見ると気持ちが分かるんですよ。
怒られすぎると、ボコボコに殴られて目が腫れ上がるのと一緒で、
ほんまに右も左も、何が正しいのかさえも分からんようになってまうんですよ。
自分が何で怒られてんのかさえ、言葉として聞けなくなって、
ただただひたすらふらふらになるばっかりっていう…。
もうホントに気ぃ狂いそうでしたけど、どんだけボコボコでも、
それは古館さんの番組だから事務所的にも辞めるわけにはいかないし、
まして「辞めたい」なんて言い出すわけにもいかないし。
狂いそうでしたね、何も見えなくて。

高須

確かに、狂いそうになって、苦しくてっていう時期はある。
そういう現場に追い込まれた時、それは確かにつらいやろけど、
でも、絶対に自分から「辞めます」って言うたらダメと、
俺はそれだけはずっとずっと思ってるんよね。

高須

ある番組で、ちょっとできない作家っていうのかな…、
何ていうか、まだコツをつかめてないっていうか。
あるコーナー企画や、番組のサブタイトルを書かされて、
プロデューサーやディレクターにプレゼンするねんけど、
「一体、これのどこが面白いねん?」と、きつく叱られる。
新聞のラテ欄書かせても、コーナー案出させても
そのプロデューサーに「おもんない」とストレートに、がーっ、と言われて、
ものすごく怒られるわけ。
その現場を見てるとね、怒られてるその若い作家はもう、
涙目になってカタカタカタカタ震えてるのよ。
言葉もうまく出なければ、何にも言えなくなって震えてて、
俺は「あー、こいつヤバイな、限界に来てんな」と分かるわけ。
それでもプロデューサーのダメ出しは緩まることなく打ち出されて、
そいつはズタボロになる。
そしたら、その空気が他のスタッフに派生しだすんねん。
ディレクターに伝わり、他の作家に伝わり、果てはADにまで
「こいつ、おもんない。でけへんヤツや」っていうニュアンスが染みこんでいくと、
そのAD達は、その若手作家をナメ始めて、キツイ仕打ちっていうのを
当たり前のことのように思い始めるのよね。

鮫肌

あー、そういうのありますね……。

高須

あるよね? そういうのって絶対ダメなんやけど、
結局ADまでもが
「しょうがないでしょ〜、だって○○さんの企画ですもんね〜」って、
ちょっと場を和ます笑いの材料みたいにしはじめて、
彼のネタをバカにすることでその場の空気を作ろう、という意識に
更に拍車がかかってくるのよ。
もうそうなると、まともに彼のネタを誰も見ようとしない。
どうやって笑おうか、って、ネタのあら探ししかしなくなる。
で、俺はその若い子「あっ! こいつ辞めるな…」と思ったから言うたのよ。
「キツイのは分かる。分かるけど、でも絶対作家は自分から
 辞める、という一言を言うたらあかんで」と。
「向こうから辞めさせられるのはしょうがないとしても、
 もしも自分から辞めるなんて言い出してしまったら、
 この現場には二度と帰ってこられへんようになるんやからな」と。

鮫肌

確かに、確かに。

高須

でもそんなん言うたって、言われたって結局またキツイわけやんか。(苦笑)
俺が言うてる側から、また涙がぶわわわーっと溜まってきて、
ものすごい顔になってしまって、俺は「しまったーっ」と思ったけど、
でもそれでも「絶対辞めんな」と伝えた。
結果、その子はまだ現場で頑張ってる。
辞めなかったからってどうなるかなんて、それは保証できないけど、
でも俺は、やっぱり自分から辞めるって言葉を
言い出してはいかんと思うんよね…。
そりゃまあ、「クビや!」と上から言われて
「嫌です〜」というのはあかんよ?(笑) 
それはもうしょうがないけど、でもね、
作家である以上は何とかおもしろいネタを出して、
みんなを納得させていくしかないと思うんよ。
それでもって、形勢を逆転していくしか無いっていうかさ、
踏ん張ってないと、もう負けっていう気がすんのよなぁ…。

鮫肌

認めさせるしかないんですよね。

高須

そう!! 嫌なヤツが居ったとしても、そいつを会議でねじふせるようなぐらい、
おもろいネタを打ち出して、「こいつ、おもろいかも」ときっかけを生み出して、
それで認めさせるしかない。
やっぱりプロやし、面白いこと言えたり、考えたりする環境つくりも
作家には大切な資質だと思うしね。

鮫肌

そういう苦しい時期は駆け出しやから、
なおさら仕事と仕事場を選ばれへんのですけどね。
でも苦手な現場が、会議で一発笑いを取ったところから、
それだけで、すうっとやりやすい現場に変わっていくこともある。
ディレクターが一つのネタを認めてくれて、
あ、これだけできるんだったら、と思ってくれて徐々に
「鮫ちゃん、このコーナーは君に頼むよ」というような流れができる。
信頼されて頼まれればその事が励みになって、更に頑張るぞ、
頑張れるぞって回り出したりしていくんですよね。

高須

その、たった一つのきっかけを掴むまでが、な。

鮫肌

そこまで頑張れるかどうか、ってのはありますよね、確かに。

第3話へつづく

放送作家

鮫肌文殊 さん

1965年神戸生まれ。放送作家。
『世界の果てまでイッテQ!』(日テレ)などを担当。
『テレビ裏語録』(毎日新聞)などTV関係のエッセイ連載も多数。
昭和歌謡全般のディープな知識を活かして
『決定!レコ歌ベストテン』(毎週木曜20時・中央エフエムにて生放送)
パーソナリティや、
レギュラーパーティー
『輝け!日本のレコード大将』(毎月第2金曜・渋谷オルガンバー)
『歌謡曲主義』(毎月第3火曜・恵比寿頭バー)
をはじめ、DJとしても神出鬼没に活動中。
関西伝説のパンクバンド捕虜収容所の無冠のボーカリストでもある。

ON
OFF