御影屋

高須光聖がキク「高須光聖×山名宏和」 第4話

松尾貴史さんらとの出会いを通じて、放送作家としての幅を広げていった山名さん。テレビのことを深く考えつつ、二番バッターとしての存在感や、逆に作家が持つブランド力についての話で盛り上がりました。そして当時のテレビやメディアを取り巻く社会的な環境がいかに「やってはならないこと」をやっていたか…「恋空」などの具体的な例を出しつつ、真正面からテレビはどうあるべきか、作家はどうあるべきかを語らいました。

インタビュー

第3話

2008.11

松尾貴史らと朝まで飲む日々

高須

でも、サンリオなんかより全然給料安い訳やんか。
なんでここにいようと思ったの?

山名

そうですね。大きいのはキッチュさん(松尾貴史)がいて、松尾さんって
中島らもさんとかと芝居やったりしていて、学生の頃からよく見ていた訳ですよ。

高須

ほぉ。

山名

事務所入った頃、若手たちやる事ないから社内新聞みたいなの作ったんです。
好きなこと勝手に書いて勝手に配るみたいな。
僕たちの前の代からあって、若手が上の人たちに
自分たちをアピールする方法だったんです。
そこに書いた文章を松尾さんが読んで、
会う前から僕がどんな人かなんとなく知っていた。

高須

同じ会社やもんね。

山名

で、そのラジオについた時に「君か、山名は!」みたいな感じで。
そんで鮫肌さん、松尾さん、さらに舞台とかもやっていた
放送作家の高橋洋二さんとか、僕が学生時代から知っていそうな所に
ポコッと入ったんですよ。
そうしたら、東京の小劇場とかある種の笑いに興味がある奴が
たまたまうちの事務所にはいなかったらしく、松尾さんにもすごく可愛がってもらって。
12時半にラジオが終わると、3時4時までよくこの面子で飲みに行きました。

高須

楽しいわな~。おもしろい話聞けるしお金も出してくれるし。

山名

それがまぁまぁ1年くらい。楽しいっていうのと、自分で言うのもあれですけど、
意外と根がマジメだから色んな事ちゃんとやろうとするじゃないですか。

高須

うん。山名はちゃんとしてる。

山名

当時、ウチの事務所は情報系の番組が多かったんで、
リサーチとかネタ出しとか人手が必要で呼ばれるんですよ。

高須

あ~。山名は色んな事知ってるし、そんなの喋らすと上手そうやからな~。

山名

当時はインターネットとかないから足繁く大宅文庫に行くとかそんな事やって。

高須

で、一年くらい経ったら結構色んな番組呼んでもらえると。

山名

そうですね。先輩の番組に呼ばれたりしてなんとか軌道に乗り始めたんで。
得に情報系が好きだった訳ではないんですけど、そういう事やりつつちょっと
趣味というか好きな仕事出来るようになったんでちょっとまぁいいかなと。

高須

テレビで最初にやったのは何?

山名

テレビで最初にやったのは「ギミア・ぶれいく」のワンコーナー。

高須

それ何ちゅうコーナー?

田中

確か「きょうは何の日」みたいな、なんとかカレンダーっぽいコーナーがあって
その日のネタを調べてきてディレクターと一緒に台本を作るっていう
5分くらいのコーナー。

高須

てことはそれがテレビに入って一番最初の台本か~。
そのコーナー書かせてもらったのは番組入ってどれくらい?

山名

次の年の春ですから、番組に入って1年くらいじゃないですか。
でもそのコーナー入ってすぐになくなっちゃいましたけど。

高須

それじゃあテレビに(ロールに)名前載ったことではないの?

山名

載らないですね。で、それと並行して確かTBSの深夜があったんですよ。
それが松尾さんとちはるの番組で「東京知恵熱娘」だったかな。
そこでリサーチやらネタ出しやらやってましたね。

高須

じゃそれで名前載ったんだ?

山名

それも・・・載らなかったと。

高須

あらら…じゃいつ載ったの?

山名

載ったのは多分次の年の・・・「ムーブ」っていう番組なのかなぁ。

高須

ムーブ?なんかあったなぁ。

山名

TBSで19時台を、今「フレンドパーク」とかやってる時間を、
月~木の帯にしたんですよ。

高須

ああ、あった、あった!社運がどうのこうのってやつ。

山名

その水曜日の「島田弁護協会」というのに腰山さんに入れてもらって、
そこで初めて名前載ったんじゃないんですかね。

高須

うれしかったやろ?

山名

いや、それが・・・

高須

あれ?ちょっと感動ないの~?

山名

(笑)感動は、あんまりないんですよ。

高須

アカンな~。山名はそういうタイプか~。
俺なんかもうずーーーっと観てたけどな。ビデオを撮って俺の名前を
ずーっと観てたわ。ニッコニコニコニコしながら。そういう思い入れはないの?

山名

ここまでこう流され流され来ているから、そこの感動はあまりなかったなぁ。

高須

コレをやった!っていう大きな感動もなく。

山名

大きな感動・・・そこではなかったなぁ。

高須

え、じゃあ放送作家って職業に就いて何が一番大きな感動やったの?

山名

(「ムーブ」と)同じ時期にFM愛知で伊武雅刀さんと松尾さんの
「ラジオ・ヘブン」ってラジオがあったんですけど
ある日、松尾さんから夜中に電話かかってきて、
当時まだ実家だったから夜中の2時とか3時とかに
電話かけてくるような人じゃないんだけど電話かかってきて、
「明日桑原さんって人から電話行くからコント2、3本持っていって」って言われて、
「桑原さんって“スネークマンショー”の桑原茂一さんですか?」って聞いたら
「そう。」って。もうそれから眠れなくなって、朝まで考えて、コントを書いて。
2日後くらいにそのコントを持って茂一さんや伊武さんと会って。
その番組にコント書いていた。三木聡さんとも会って。
毎回コントを1本流すだけの小さな番組なんですけど、
そこで自分のネタが採用されたときは嬉しかったですね。

高須

へぇ~。じゃあそれが初めて自分の夢叶ったみたいな。

山名

そう。自分がずっと好きだったものに参加したから。

高須

売れながら、自分を出せるって事だもんね。

山名

三木さんもその前からシティーボーイズとかで見ていたから
「おぉぉっ!三木聡だぁっ!」・・・こんな人だったのかって。

高須

わかる!なんかそういう時ってジロジロ見ちゃうよね
なんだ、意外と鼻の下にホクロがあったんだ!とか(笑)

山名

そんな感じで(笑)それがその頃、一番感動した事かなぁ。

高須

それは嬉しいよな。

山名

その前にも松尾さんラジオにコントのコーナーがあって、そこに松尾さんと
松尾スズキさんとふせえりさんと、コント書いているのが宮沢章夫さんと
高橋洋二さんで、そこで宮沢さんに会ったのもうれしかったですけどね。
学生時代に好きだったものを作っていた人たちに一気に会えたから。

高須

なんか山名らしいなぁ
で、それから作家としては順調にここまできたと…。

山名

わりとそうですね。

第4話へつづく

放送作家

山名宏和 さん

1967年東京都生まれ。
古舘プロジェクト所属。
現在担当中の主な番組は、『行列のできる法律相談所』『ダウンタウンDX』『この差って何ですか?』『たけしの健康エンターテイメント!みんなの家庭の医学』『ガイアの夜明け』『TheCovers』など。完全なる雑食系放送作家

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