御影屋

高須光聖がキク「高須光聖×かわら長介」 第5話

関西で叩き上げの大先輩。やすし・きよしや、いとし・こいしの漫才も手がけられた経験のあるかわらさん。たくさんの厳しい現場を経験してこられた先輩は、表現に対して、笑いに対して、どこまでも真摯でした。若手作家が次々と台頭してくる現場で、歳を重ねた自分にできるトレーニングとは? そしてこっそりと松本人志さんに宛てたという、ちょっと熱い手紙の内容とは……?

インタビュー

第4話

2001.04

高須光聖がキク「高須光聖×かわら長介」

「4時」のころ

高須

で、僕と長さんが一応同じ職種として再会したのは、
『4時ですよ~だ』の時だったんですよね。

かわら

でも、俺はその「4時」時代の高須っていうのは
あんまり印象に無いのよね。存在として。

高須

いや、そら当たり前ですよ。だって、ADと混じって
いっぱい居る下っ端の一人でしたから。
かたや長さん達は、その頃既に「大阪の頭脳」と呼ばれた
一流の人達でしたから。
で、俺は会議室の端っこの方でずーっと
「このおっさん達、おもんないことばっかり言いやがってぇ」と
思いながら、眉を顰めてましたもん(笑)。

かわら

(笑)

高須

若かったから、いろんな人達のいろんな考えを全然
認める気が無かったんですよ。
でも、そんな中で唯一、会議で長さんだけはおもろいことを
言うてるなぁ、と思ってたんです。
ところが、俺が「長さん、おもろいっ」て思うところで、
誰もひっかかったりしてこないもんやから、
余計にどんどんふてくされてしまって(笑)。
言い方は悪いですけど、その時は
「なんでこのおっさんの言うたアホみたいな企画に、
みんなひっかかってけぇへんねんっ!」って毎回思ってましたね。

かわら

嫌なヤツや(笑)。

高須

いや、ホントに嫌なヤツでしたよ。
会議室の後ろで、餃子とかつまみながら会議してる上の人達の
様子に、めっちゃくちゃ腹たってましたからね、それはもう。
「俺らの方が腹減ってるっちゅうねん!!」とかって。
俺らまったく食べられへんねん。
本番から会議まで、ずーっと仕事してるのに食べられへんくて、
ただ会議だけに「おつかれ~」って来る人達が、
何で俺らの買い出しした餃子を食べてんねん~っ、て。
絶対お前らよりおもろいこと、考えてるし、考えられるのにっ、と
思って、そのころの僕ってずっと目つき悪かったですよ。

かわら

いや、だけど虐げられた果てのその怒りというか、
思い上がりにも似た気持ちって、どこか大事やと思うよ。
若かったら余計にね。
今もうそんなヤツ全然おらんやん、若い作家には。
「既成のモノなんてくそくらえじゃ、俺は違うもの出したるっ」
ていうの、ほっとんど無いもん。
確かにかわいくないけど、でも新しいこと考えるには大事な心やから。

高須

そうですね。

かわら

もちろんそれだけではあかんけどね。
それ丸出しでも絶対ええことなんかないし。

高須

うーん、難しいとこですね、そこは。
だけど、今の作家って絶対そこが欠けてるような気はしますよ。
気合いの入れ方間違って、どこ行くねんみたいな。

かわら

まぁ、今や「作家先生」になった高須くんが、
今現在会議室の後ろの方に居るような若手に気を配れているかどうかは
分からんけどねぇ(笑)。

高須

めっちゃ配ってるっちゅうねん(笑)。

第5話へつづく

放送作家

かわら長介 さん

1949年 岐阜県益田郡(現下呂市)に生まれる。
1956~1965年 悪癖に溺れる少年期。
1958年 初恋す。
1966~1968年 基本、恋狂い。
1968年 暗黒のサラリーマン時代。
1971年 某国立大学入学/社会を問わんとす。
1972年 杉浦千鶴子を知る。
1976年 結婚/漫才作家にならんと大阪へ。
1978年 島田紳助を知る。
1981年 月収100万円を超える。
1983年 吉永薫を知る。
1980年代後半 漫才と漫才作家に懐疑を抱く。
1987年 離婚~以後独身/高須光聖を知る/死刑3部作①『君は我が運命(さだめ)』やり直し公演。
1989年 死刑3部作②『殺さば死ぬる』赤字公演。
1990年 築本早栄美を知る。
1991年 かたつむりの会主催死刑反対イベント『寒中死刑大会』構成・演出。
1992年 死刑3部作傍流芝居『京阪神犯罪伝説』100万円赤字公演。
1993年 武井裕子を知る。
1999年 戦争芝居①『哀楽喜怒~私は子供が好き』200万円赤字公演。
2002年 戦争芝居②『祭りの極』500万円赤字上演
2004年 刺青/放送作家塾「魁塾」開始。
2008年 私刑芝居『牛馬頭のゲーム』大阪、東京700万円赤字公演。
2009年 主宰コントライブ『コント衛門第一回』開催。現在まで8回の公演にて中断中。
2014年 「魁塾」20期にて目出度く終了。
2015年 『週刊金曜日』に「かわら長介のコント工場の有機物」月一連載スタート。
2016年 (1月)銀座博品館のコントライブ『七転び八時起きの人々』にて作品上演。

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